春の滋賀京都旅④大原苔生したお寺巡り


今回の旅は、鉄道 ケーブルカー ロープウェイ 徒歩で滋賀県から延暦寺を通り抜け、京都市の洛北、大原観光へまいりました。今回は大原で一泊した翌日の旅記事です。(令和3年3月31日)

よろしくお願いいたします。

その①滋賀坂本編はコチラ>>①比叡山の東の玄関、坂本探訪

その②比叡山延暦寺巡拝編はコチラ>>②延暦寺を参拝して比叡山通り抜け

その③大原温泉で一泊編はコチラ>>③洛北ぶらり大原山荘に宿泊

▲旅の前編は動画でもご覧になれます是非チャンネル登録など頂ければ嬉しい限りです!(^^)!

さて春の滋賀京都の旅2日目です。

民宿大原山荘さんでゆっくり過ごした朝は少し遅めのチェックアウト。

AM9:40

本日は、京都大原のお寺巡りです。

まずはお宿のお隣にある寂光院へまいります。歩いて3分です^^

長い石段を登ると山門に辿り着きます。

寂光院は天台宗の尼寺で、推古二年(594年)に聖徳太子が御父・用明天皇の菩提を弔うために創建されたと伝えられ、女院の閑居御所。

本尊は六万体地蔵尊であり、平成12年5月9日の火災で損傷してしまいました。しかし新たに元通りに復元された地蔵菩薩立像が本堂に安置されており、鎌倉時代の制作当時そのままの美しい彩色で安置されております。

拝観料600円を支払いまして、参拝してまいりましょう。

風情ある石階段を上がると山門の手前の右手に狐雲茶室があります。京都御所で行われた昭和天皇即位の御大典の際に用いられた部材が寂光院に下賜され、それを元に1931年(昭和6年)に開かれた茶室。

池の淵の木々から木漏れ日が射す青々とした苔生した庭が広がり、その少し奥に茶室「狐雲」が佇みます。

孤雲の名は、平安時代中期の天台宗の僧・文人の寂照の「笙歌遥かに聞こゆ孤雲の上、聖衆来迎す落日の前(楽の音や声が、遥かかなたひとつの雲の上に聞こえる。落日の前に極楽浄土の菩薩たちが迎えに来る)」の歌から取られており、謡曲「大原御幸」にこの歌の色紙が女院の粗末な御庵室の障子に諸経の要文とともに貼られているのを法皇がご覧になり涙にむせんだと云う話が由来だそうです。

「平家物語由来の寺でもある寂光院。第三代の平清盛の息女・建礼門院徳子は1185年に入寺。壇ノ浦で滅亡した平家一門と、我が子案徳天皇の菩提を弔い、終生をこの地で過ごされた事が言い伝えられています。」

と、本堂を参拝しますと、このようなお話を仏様の前で聞く事ができます。

本堂をお参りし境内を少し歩きます。四方正面池には清水が流れ込み、水音が常に絶えません。

書院の縁側などに生けられた花にも趣が感じられます。

黄色鮮やかなスイセンが美しい。

参拝客は我々の他に居らず、水の音と鳥の声またはカエルの鳴き声が心地よくこだまします。

山門から下りますと、茶室の向かい側に鳳智松殿(宝物殿)があります。

平成18(2006)年秋に本堂の復興を記念して建てられました。『平家物語』などのゆかりの文化財等を展示されています。

ゆっくりと寂光院を参拝し、石段を下ります。寂光院の門前の手前に一直線の石畳の陵墓径があります。

わりと長い石段を登りますと、草生を見渡すことのできる寂光院の東の背後の高台に、建礼門院の墓所と伝えられる大原西陵があります。

後ほど参る三千院の北にある後鳥羽天皇と順德天皇の大原陵に対して西陵といい、五輪塔が祀られています。

AM10:40

さて、約一時間少し寂光院を参拝しまして、続いては三千院へと歩いてまいります。

約1.7キロ、長閑な里山ウォーキング。

「京都~♪お~はら三千院♪」と、何となく聞き覚えのある歌詞を口ずさみながら歩きます🎵

口ずさみながら、三千院へ向かう道中、菜の花畑のあぜ道へ寄り道をします♬少し小高い丘から大原の里山を望みながら黄色一色の段々畑を見渡します。

今日は、昨日と打って変って天気の良い日となりそうです🌞

大原の東側の山裾から呂川(りょせん)沿いに参道を進むと、風情のあるお店が軒を連ねます。

沢のおかげか、少し涼しげなウォーキングです。そしてやはり人通りも少なく風情のあるお店が随分と営業されてません( ノД`)

さて、三千院門跡まで到着いたしました。

桜が綺麗な三千院の玄関口である御殿門は、高い石垣に囲まれ、門跡寺院にふさわしい風格をそなえた政所としての城廓、城門を思わせる構えとなっています。


そして高く積まれた石組みは昨日訪れた、比叡山坂本の穴太衆(あのうしゅう)という石工集団が積んだもので、自然石を使った石組みは頑強でかつ美しく、時を経ても崩れないといわれています。

三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まり、その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となりました。

という事で、歴史深い三千院を参拝いたしましょう。(拝観料は大人700円 9:00~17:00 無休)

三千院の境内は、境内南を流れる呂川(りょせん)と北を流れる律川(りつせん)という2つの川に挟まれています。

辿り着いた、この西側にあたる御殿門が拝観入り口となってます。境内南側には往生極楽院の正門にあたる朱雀門があり、拝観入口は正門ではなく西側の御殿門です。

門をくぐり、靴を脱いで大玄関から拝観順路に沿って進むと、客殿へと入ります。

客殿の庭園、聚碧園が広がる美しい書院のお座敷から縁側と廊下へ続きます。 聚碧園 は池泉観賞式庭園で、東側は山畔を利用した上下二段式とし、南側は円形とひょうたん形の池泉をむすんだ池庭を形成しています。
江戸時代の茶人・金森宗和による修築と伝えられています。

客殿から渡り廊下を進み、宸殿へと移動します。この宸殿は三千院の最も重要な法要である御懴法講を執り行うため、御所の紫宸殿を模して、大正15年に建てられました。

宸殿から再び靴を履いて、今度は有清園と言う庭園へ下りていきます。 有清園は宸殿より往生極楽院を眺める池泉回遊式庭園です。

苔や新緑の中で美しく咲き誇る有清園のシャクナゲ、そしてこれらを囲む庭園内に往生極楽院が建ちます。

その傍らにはわらべ地蔵が数体佇んでいます。

このわらべ地蔵が三千院のシンボルともなっています。

苔の中佇む可愛らしいわらべ地蔵に木漏れ日が射しこむ様子が美しいです。

有清園歩いていくと弁財天が祀られており、さらに石段を上って奥の院へ進むと金色不動堂、さらに上ると観音堂があります。

桜がすごく綺麗に咲き誇ります🌸

三千院の境内はかなり広く高低差もありますが、それぞれのエリアに独特の趣と風情があるので疲れる暇がありません。

今度は律川沿いに進むと、大きな高さ2.25メートルの鎌倉石仏が見えてきます。そして 律川沿いの苔生した中に「おさな六地蔵」と呼ばれるお地蔵さんが並びます。

こちらも、三千院の撮影スポットです📷

さて、6月から7月頃見ごろとなる「あじさい苑」を抜けて弁財天まで戻ってまいりました。

往生極楽院の南側にある朱塗りの小さな門が見えます。

その昔、極楽院を本堂としていた頃の正門にあたります。その様式は藤原期の様式とも言われていますが、江戸時代に再建されたものになります。

なお、現在開扉は行われておりません。

西方門を抜けますと、先ほどの厳かかつ神秘的な雰囲気がガラッと変わり元の世界に戻った感じです。

収蔵庫兼展示施設の円融蔵が見えます。

ここには重要文化財などの展示がなされており、往生極楽院舟底型天井画の複製模写なども展示されてます。こちらも見所でした。(宝物館内は写真撮影は禁止でした)

PM1:00

三千院を出た時はすでに午後1時を回ってました。時間がたつのは早い!

さて、お昼を頂くことにしましょう。

来客が少なかったため芹生茶屋さんで頂くことにいたします。

おすすめメニューで香味カレーおろしそばを頂くことにし、デザートの甘味でよもぎわらび餅とぜんざいをチョイス。

カレーそばとは不思議な組み合わせでしたが、スパイスが効いてとても美味しかったです。

デザートも程よい甘さでgoodでした👍ご馳走様です。

PM2:20

さて、大原バス停まで戻ってまいりまして、ここからは京都駅までいったん参ります。

京都駅行きのバスが早いだろうと選んでしまいますが、これが京都の町中へ入るとどえらい渋滞で、、、後で調べると途中で地下鉄などに乗り換えて行った方がスムーズらしいです^^;

という事で次号滋賀京都旅最終章<近代的な巨大アクアリウム「京都水族館」>に続きます。

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